命の連鎖
庭の紫陽花が咲いた実は、水レメディのエントリを書いていたあたり、たみおはもうダメなんじゃないかと思った。食事を受付けなくなって3日。悲しくて、せめて外の空気を吸わせてやろうと、抱っこして外に出たら、「おおっ!」とたみおは声をあげ、目を輝かせた。そよぐ風をひげに感じ、かさこそ音をたてて転がる落葉を目で追い。突然の羽ばたきとともに電線に舞い上がるカラスを見。「たみちゃん、元気になったら草原に行こう」「もっと景色のいいところに連れていくから」しょうもないことを、たみおの後頭部に向かって言ってみたりする。たきと同じ、茶色い頭。たみおはぐいと体を乗り出して、手近にある草にかじりついた。犬歯1本しかない口でちぎると、よだれにちぎれた草がぶらんとついた。
その後、たみおは復活した。口内炎は嘘のように消えた。しかし、今度は下血。胃腸管からの出血。体温36.5度。今朝(月曜)は吐いた跡があったが吐血ではない。点滴200cc、静脈注射(ビタミン、ブドウ糖)、出血を止めるレメディ。カロリーエース、ホタテとささみを強制給餌。が、しばらくして吐き出した。固形食はやはり無理。チューブダイエット「ライト」をもらった。夜、先日、愛猫を亡くしたばかりの7くんが時間をかけてチューブダイエットをたみおの口に流し込んでくれる。Hさん、送っていただいたスポイトはとても重宝しています。
先週の7月5日(火)、たみおの通院にサヴァさんと行ったとき、車の中でぽつりと、「今日はみいみの命日なのよね」と、サヴァさんがつぶやいた。そうだった。一昨年、フリーマーケット出店の帰り、車の中でやっぱりサヴァさんがみいちゃんのことを言っていたのを思い出す。「みいみが具合悪いの…」それからほどなく、みいちゃんは亡くなった。そのとき、先生からいただいたメールは以前、先生の承諾を得てプチポンサイトでも紹介したが、今改めて読み返してみた。
死に至る過程というのは 私は誕生に至る過程とまったく同じだと思っています
死とは向こうの世界への誕生である という意味でなんの苦労も苦しみもなく
あっさりと 静かに死んで行く子もいれば
何時間も何日間も何ヶ月間も まるで産道の中に引っかかった胎児のように苦しみもがき
その苦しみが尽きたかのようにして ようやく向こうへ旅立つ子もいます
でも どのような形の死であっても ひとつ残らず
それは向こうの世界への誕生を意味するのであって
生まれる形が 安産であれ難産であれ
この世への誕生には必ず喜びがあふれるように
どんな形の死であれ ひとつ残らず
実は 祝福されるべきものなのだと 私は思っています
みいみちゃんは ちょっと難産でした
でも サヴァさんの助産のおかげで ようやく
今無事に 向こうに生まれ出ることが出来ました
悲しむことは当然ですが
どうか悔やんだり後悔などなさらないように と お伝えください
先週、7月7日(木)、ちー似のみつきちゃん、里親募集のエントリで紹介したメルロさん宅の春くんが亡くなった。奇しくもその日は、メルロさんの誕生日だったという。大切な存在が、自分の誕生の日に亡くなるということ。これはけっこう重い。けれど、時とともに悲しさを伴いながらも、優しく、懐かしく思い出すことができるようになるものだと実感する。11年前の私の誕生日に、私の父は亡くなった。当時、二度と私は自分の誕生日を祝うことはないのだと思ったものだったが、そんなことはない。
生と死と。その狭間にあって、私たちはいろんな思い、いろんなことに振り回されて時を過ごす。喜怒哀楽のうち、人生のほとんどは「哀」だと誰かが言っていたけれど。そのとおりだとしても、だからこそ、ほんの少しの「喜」が何よりも尊く美しいと享受できるのだろう。
毎年、私の誕生日になると、母に聞いてみる。「今日は何の日か知ってる?」しばらく考えた後、母は「お父さんが死んだ日」と答える。「ほかには?」「……なんかあったっけ?」「やだなー、これだからまいるねー。教えない」など、しょーもないやりとりをお約束のように繰り返して(でも、母は別に演技しているわけでもなく、本当に気づいてないのだ)、その日が私の誕生日であることを思い出してもらう。大切な存在が自分が生まれた日に亡くなる。これはなかなかないことだけに、絆の強さ・深さをしみじみと感謝する。
そして。7月7日は、まりちゃんの誕生日。
ハッピーバースデーまりちゃんがまだ岩手の外で暮らしていて、保護されて「まーぶー」という名前になって、3月、雛飾りのあるおうちにもらわれていって。忘れないよ〜。おめでとう、2歳の誕生日。たくさんかわいがられて、こんなにきれいになって。今、まりちゃんがかつていたところに、もう猫はいなくなったよ。最後の猫はたみおっていってね、今は家の中にいるよ。
まりちゃんとはなちゃんのお母さん、「ネコちゃんたちにそれぞれ幸せな未来が来ますように、いつも祈っています」というメッセージ、本当にありがとうございます。
悲しいことはたくさんあるけれど、それでも「誰かもらってください」と言わずにはいられない。行き場のない猫が多すぎるから。悲しげな瞳も、ほんのちょっとのことで輝くことができるから。
たみお(腎不全、エイズキャリア) | - | -